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2006年6月

2006年6月18日 (日)

ガサガサ探検隊

 今日の多摩川イベントは多摩川の水量が多くまた悪天候のため中止になりました。次回のガサガサ探検隊は7/30(日)です。追って詳細をお知らせ致します。

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2006年6月16日 (金)

ガサガサ探検隊

 今度の日曜日(6/18)に東京・狛江市の多摩川で、俳優の中本賢さんとその仲間たち(狛江・水辺の楽校)が主催する<多摩川ガサガサ探検隊>というイベントが開催されます。去る4/30(日)に我が調布市の多摩川の堰に於いてアユやマルタウグイ等の遡上支援イベント(「春のアユまつり」)に続いて開催されるもので今回は<オイカワの産卵床作り>が行われます。http://www.kjps.net/user/gasagasa102/club-salon/club-salon.html

    http://www13.plala.or.jp/KOMAE-MIZUBE/index.html
    http://www6.ocn.ne.jp/~yamaguri/

 大人も子どもも楽しく参加できるイベントです。参加費は無料です。今回は10時から12時迄の活動なので9時半頃までに集合して下さい。半ズボンにボロくなった運動靴(これがベスト)で川に入って活動します。産卵床作りが一段落したら水辺のガサガサ体験も行われますので可能な方は網やバケツをご持参下さい。

 登戸に住む中本賢さんが全くの個人で、当時まだ小さかったお子さんを連れて多摩川の水辺遊び・ガサガサ探検を十数年前に始めて以来、その活動がTV等で紹介されたりしながら賛同者や協力者が生まれ、育って今日に至っています。そして今年になって中本さんたち活動本部の方がついに我が調布市の小学校を通じて声をかけて下さり、4/30のイベントからお手伝いさせていただく運びになりました。

 4/30は好天にも恵まれ子ども大人合わせて数百人の参加があり大盛況でした。堰を遡れずに弱っているアユの稚魚やマルタウグイなど約1000匹(新聞報道)を仕掛け網に追い込んで捕獲した後、バケツリレーで堰の上流に放流しました。大半がアユの稚魚で7~8匹づつ入っていたマルタウグイやナマズは50~70cm級でした。他にも私には分からない川魚やエビかに類が沢山いて都会の身近な多摩川の自然の回復振りを実感しました。

 一時は洗剤の泡がたちゴミとヘドロでどぶ川と化した多摩川でしたが下水道の普及と環境問題への意識の高まりに伴って1990年頃から年々川が綺麗になり特にここ数年はアユが戻って来る等目覚しいものがあります。多摩川がどぶ川だった時期にそれまで親しんだ川に人々は背を向け離れて行き同時に川と接する文化も途絶えてしまった。中本さん等の活動は綺麗になりつつある多摩川に人々を再び呼び戻し人と川との付き合いを復活させる試みでもあります。私達はいま子ども達と一緒に川との付き合い方のノウハウを教わり始めたところです。

 7/30(日)には再び調布の堰で「アユまつり・夏バージョン」が予定されています。

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2006年6月14日 (水)

国を愛する態度・心を養う?(Ⅱ)

 愛国心の議論をめぐってまた一言。

 すべての国民が愛国心を持つことが善であるかのような議論では、国を愛することが例えば命の大切さを子どもに教えること等と同列に扱われているように見えます。命の大切さは人の道・道徳に関わること、愛国心は個人の思想信条に関わることですから扱いも区別しなければなりませんが混同されている感じがします。6/12(月)のTBSラジオ「荒川強啓デイキャッチ」にゲスト出演した藤原正彦氏(『国家の品格』の著者)は教育基本法改正の愛国心問題に触れて次のように述べていました。

 明治維新の頃、当時の民衆をまとめるために使われだした「愛国心」という語には「ナショナリズム(一体感(この訳ブログ筆者))」と「パトリオティズム(愛郷心)」とが混在してしまっているために愛国心をめぐる議論は常に堂々巡りとなり収束することがない。だからこの語を使うことを止めて二つの概念をはっきりと区別していくべきだ。愛郷心と言うものは、自分の親や家族を自然に愛するのと同じく、それを持っていないと海外ではその人の人格が全く信用されないぐらい非常に大切だが誰かから強制されるものではない!・・・と。

 たしかに故郷の山河を想う心は個々人が生まれながらに与えられた環境とその生活の中で育まれるもので千人いれば千通りの愛郷心がある。そして互いに尊重し合える。そういうもののはずです。

 一方、命の大切さのような命題は千人いても万人いても一つです。息とし生きるもの全てに共通するまさに普遍的な道理であり思想信条以前の基本的な事柄です。だからこそこちらは「道徳」となる。

 漠然とした曖昧な表現である「愛国心」という語を廃して状況を正確に把握しようと言う藤原さんの提言に私も賛成です。

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2006年6月13日 (火)

マイ・ラジオ

マイ・ラジオ

 これは私が中学生だった1972年5月に親から買ってもらったソニーのラジオです。まだまだ現役で頑張っています。ソリッドステート・スポーツ11というやつで当時でも¥17800した高級機種です。深夜放送が全盛期だった当時家電各社が競って高性能ポータブルラジオを打ち出していましたが当時新発売だったこのラジオはソニーのフラッグシップモデルだったソリッドステート11のアウトドア仕様で耐衝撃・防滴性を兼ね備えた「全天候型ラジオ」であり群を抜いた存在でした。チューニングサインには何と発光ダイオードが用いられており選局の周波数が合うと赤い発光ダイオードが点灯します。感じからすると発光ダイオードが家電製品に実用化された最初ではないでしょうか?高性能で独創性に優れた当時のSONYらしい名品の一つだと思います。(最近のSONYにはこういう「らしさ」がなくなってしまったように思います。いまのSONYが失ってしまったものは一言で言えばフロンティア精神だろうな~。)

 こんなサイトを見つけました。S11はここにはありませんが当時の懐かしいラジオ達が沢山紹介されています。 http://www11.ocn.ne.jp/~nontomo/radio/index.html

 ここからも分かる通り昭和40年代はポータブルラジオがその隆盛を極めた時期だったんですね。最近は電気店に行ってもラジオのコーナーにはこれといった商品が並んでおらずメーカー各社がほとんど力を入れていないことが分かります。この昭和40年代後半からラジオとカセットデッキとが融合した「ラジカセ」が登場しステレオ機能も付いて音質も向上し今日の「CDサウンドデッキ」へと進化して来たのでしょう。当時はFM東京とNHKFMの2局しかなかったFM放送局も沢山増えたしAMまでもステレオ放送となりました。よって今日はCDサウンドデッキが席巻する時代です。しかし、上のサイトで見るようにポータブルラジオには独特のアジがあります。(つづく)

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2006年6月12日 (月)

死刑廃止は終身刑とセットで

 「死刑廃止は歴史的必然」http://highi.cocolog-nifty.com/blog/2006/06/post_33f3.html というヒギさんという方の主張に接しました。ヒギさんはビデオニュース.COMに寄せたコメントの中でその趣旨を次のように要約されています。

 「※誤解を避けるために書けば、もし私の妻子が殺されれば、チャンスがあれば犯人を殺すかもしれません。しかし、たとえばその場に私の友人がいれば私を羽交い
絞めにしてとめるでしょう。逆に私の友人に同じことがおこればやはり同じようにとめるでしょう。それはそんなことをしてお前も捕まればつまらないぞ、ということではなく、人の命はたとえ奪われても奪ってはいけないという合意があるからです。本来、メディアや司法が務めるべき役割はこの「友人」の役割であってゴルゴ13ではないはずだと私は考えます。」May 30, 2006 http://www.jimbo.tv/videonews/000266.php#c451

 私はヒギさんとはちょっと違った解釈を持っています。近代社会の根本ルールは<人権尊重>だと思います。従って人権を軽んずる行為は程度の差はあれ近代社会の根幹を揺るがす行為であり中でも殺人は他者の生存権以下全ての人権を根こそぎ奪い去る最悪の行為です。人権とは人々が互いに尊重し認め合うところに成立する双方向的、コミュニケーション的なもので一方通行はあり得ない概念です。ですから近代社会とは万人が互いの人権を尊重し合う文化であると言ってもいいと私は考えています。その言わば<人権の文化>に於いては他者の人権を一方的に奪った者の人権は保障されない。<人権尊重>という概念を逆さまから表現すればこういうことだと私は思うのです。これは見せしめ抑止力等一定の効果を狙った問題ではなく基本原則の問題ではないでしょうか。究極の人権侵害を犯した者即ち殺人犯は社会の重大な掟破りです。我々は人権を尊重するが故に彼の人権を厳しく剥奪するのです。近代社会存立の合意を守るために。

 ただ<疑わしきは罰せず>の司法手続きの鉄則は厳然とそこに生きていることが大前提です。

 もし死刑制度を完全に廃止するならば完全な終身刑(社会的な死)の導入と被害者の関係者への手厚い精神的ケアとがセットでなされなければならないと思います。

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2006年6月 8日 (木)

ファミレス

 先日4~5年ぶりで近所のロイヤルホスト調布店に食事をしに行きました。土曜日の朝、我が家では時々駅前のドトールへ行ってウィークデイとは少し気分を変えた休日の朝食をとります。5月の或る土曜日の朝、例によってドトールへ向かいました。車の中の会話で「ちょっと目先を変えてファミレスの朝メニューにしてみよう!」と言う事になりその時点で一番最寄のファミレスであったロイヤルホスト調布店に行きました。その店は料理のことで嫌な思い出があったので我が家では長いこと対象外になっていたのですが簡単な朝メニューならば恙無く食事が出来るだろうと信じて封印を解いて行ってみたのでした。もともとロケーションや店内の雰囲気が好きだったのでコレを機会に対象内に戻せるかもという期待もしつつ。

 駐車場に車を停めて玄関に向かうとまだ開店直前で開くのを待っているグループがおり駐車場から老夫婦もやってきました。それから待つこと1~2分で店が開き窓側の席に座って注文を済ませると次々朝食を求めるお客が入り始めました。見るとどうも老夫婦が多いようでした。けっこうよさそうな車で乗り付けてこざっぱりと優雅な朝食を楽しんでいる風情です。彼等は旅館の定番朝食のような和風メニューを選択していました。私はトーストとポタージュスープ、ホットケーキのセットを食べました。ドリンクバーにホッとコーヒーを取りに行くと前日のゴミが処理されておらずゴミの投入口がゴミで持ち上がって小蝿がたかって生ゴミの臭いが漂っていました。子ども達のホットケーキセットは見る限り特に異常はなさそうでしたが私のトーストは冷たくて乾涸びていました。それは明らかに焼いてから相当の時間が経過しているしろものでした。店は開店したばかりだというのにです。スープも生温くて不味かった。そして子どものメロンソーダにはドリンクバーを飛び回っていた小蝿が一匹入っていました。周りのお客達は相変わらず満足げに食事をしていましたが私達はがっかりして店を出、私は口直しにドトールのコーヒーとジャーマンドッグをテイクアウトして帰りました。

 4~5年ぶりで行ったのにこの有様です。私が4~5年前に行かなくなったのは私のスープの中に小さ目のゴキブリが入っていたからです。その時もやはり更に4~5年ぶりで行き始めた矢先の出来事でした。その更に4~5年前には何があったかというと私のハンバーグもドミグラスソースの中に小さ目のゴキブリが入っていたのです。その時と前回は私は店長を呼んで、二度とこのようなことが無いように!と厳重に注意を促したのですが今回はもう黙って店を出ました。もう二度とあの店に行くことはないでしょう。それにしても大変な確率で虫が入っているものです。そして冷めて乾涸びたトーストを平気で客に出すとは。呆れてモノが言えませんでした。周りでにこやかに食事する常連さんと思しき人々は何なのか?

 この近隣にはデニーズ、バーミヤン、ガスト、ジョナサンなどのファミレスがありその中ではジョナサンが一番満足度が高いのですが先日、ハンバーグに付いてきたライスの状態からそれが明らかに電子レンジで温められたたものと判りファミレスの限界を目の当たりにした思いでした。だいたいファミレスの厨房からは料理を作っている小気味のよい音がぜんぜん聞こえてきません。素人がただレンジで温めて出しているだけではないだろうか?そんな無機質な料理を口にするのは私はゴメンです。レストランと言うのはプロの料理人がその場で調理したものを食べる所であって欲しい。

 私は最近、自分の注文したメニューを目の前でジュウジュウと手際よく料理して出してくれる小さな大衆食堂を改めて有難く思うようになりました。大量生産は駄目ですね。やはり何処か大切なものが抜けてしまいます。

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2006年6月 2日 (金)

詐欺マンション

詐欺マンション

 調布から鶴川街道で多摩川を渡った向こう岸に例の詐欺マンションの一つであるグランドステージ稲城が聳え立っています。既に二か月程前迄に全戸が退去し以来電気も止まり夜になると黒々と巨大な墓石のように静まり返っています。ここに住んでいた人達は今頃どいしているでしょう。

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2006年6月 1日 (木)

運動会その2

 昨日の運動会はウィークデーの開催となったため警備や後片付けなどのおやじの会の活動がいつものようには出来なかったのではないか、と勝手に案じていたのですがそれは取り越し苦労だったようです。  今夕会った学校関係者によるとおやじの会は6〜7名の参加があったそうです。アクティブ会員の半分ほどの数とは言えほとんど期待出来なかったことを思えば心強い数です。ぎりぎり警備活動には支障がありません。更に後片付けの時には呼び掛けに応じて多くの一般のお父さん方が残って作業を手伝って下さったそうです。テントや機材・用具や飾り付け等の撤収、邪魔にならないように移動していた四つのゴールポストを元に戻し固定する作業など人数が多ければテキパキと進みます。
要するに運動会のために仕事を休んだお父さん方が沢山いたということですね。仕事ばかりではなく家庭や子どもを重視するお父さんや職場の機運の高まりが感じられます。古い学校関係者ほどそこを強調します。

 ほんの十数年前までのお父さん方というのは極めて消極的だったそうです。現在調布市の公立小中学校にはそれぞれPTAのソフトボールクラブがありPTA連合会の大会やソフトボール連盟の大会で互いに競い合い盛んに活動していますがそもそもの発端は消極的なお父さん方を学校に来させるきっかけのイベントとして当時のPTA関係者有志がソフトボール大会に願いを託してスタートしました。そして加盟校がどんどん広まって現在に至ったのです。各校に出来たソフトボールチームはそのまま「おやじの会」へと発展して行きお父さん方が学校に積極的にコミットするようになりました。当時からの古い関係者達はそういう経緯を身をもって知っているので感慨もひとしおなのでしょう。そしておやじ達の勢いが強い地域ほど非行も少ないという経験値も見えてくるなど子ども達や学校・町にとっておやじ連の重要性が再認識されて来たのです。

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